日常につながる冷徹な“ビジネス”デザインの視点:佐藤究『テスカトリポカ』

カルチャー

どうも最近仕事で必要になるビジネス書やら仕事に関係する本ばかり読んでいるな、と思い書店をぶらぶらしていた際に気になっていたのが佐藤究(さとう・きわむ)の『テスカトリポカ』。
もともと神話全般やATLUSの真・女神転生シリーズが好きなこともあり「テスカポリトカ」という神については知っており、単行本の装画も迫力があって気になっていました。
ただ、面白そうだ、と直感的に思ったものの、厚みがあるので「読む時間ないな」と思い見送っていました。が、ちょうどオーディブルで『三体』を聞き終わり、次の作品を探していたので聴取。

『テスカトリポカ』と著者の佐藤究氏について、公式サイトから引用します。

第165回直木賞受賞!
選考委員大激論! 今一番ヤバいエンターテインメント!
メキシコで麻薬密売組織の抗争があり、組織を牛耳るカサソラ四兄弟のうち三人は殺された。生き残った三男のバルミロは、追手から逃れて海を渡りインドネシアのジャカルタに潜伏、その地の裏社会で麻薬により身を持ち崩した日本人医師・末永と出会う。バルミロと末永は日本に渡り、川崎でならず者たちを集めて「心臓密売」ビジネスを立ち上げる。一方、麻薬組織から逃れて日本にやってきたメキシコ人の母と日本人の父の間に生まれた少年コシモは公的な教育をほとんど受けないまま育ち、重大事件を起こして少年院へと送られる。やがて、アステカの神々に導かれるように、バルミロとコシモは邂逅する。

出典:「テスカトリポカ」佐藤 究 KADOKAWA

1977年福岡県生まれ。2004年に佐藤憲胤名義で書いた『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。’16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。’18年、受賞第一作の『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞および第39回吉川英治文学新人賞のダブル受賞を果たす。2021年5月に『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞、7月に第165回直木賞を受賞。同一作品での両賞受賞は17年ぶり2人目。

出典:NHK文化センター青山教室:11/22:直木賞受賞作『テスカトリポカ』はこうして生まれた | 好奇心の、その先へ NHKカルチャー

ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』やリドリー・スコット『悪の法則』など、映画でも、メキシコの麻薬取引をテーマにしたものに何故か惹かれてしまいます。
日本ではリアリティを感じられないレベルの危険や犯罪といったものについて見聞きしたくなってしまう。それは単純な好奇心もあるし、日常に潜む危険に敏感になって、悪に近寄らず、まっすぐ歩いて行くための感覚を持ちたいという思いがあるのかもしれない。
実際に著者のインタビューでは、このような発言も。確かに顧客がいるからこそ“ビジネス”が成り立つ。買わない、買う必要のない社会をつくる、というのが、実は暴力を回避しながら抵抗するもっとも有効な抵抗なのかもしれない。

ブラックだったりグレーだったりする人も悪人とは限らない。ただ、資本主義のなかで生き残ることだけを考えている。これをフランスの哲学者のピエール・ルジャンドルはマネージメント原理主義と呼んでいますね。話せば普通だし、誰かが怪我すれば助けてくれるような人でも、とにかく原理主義なんですよね。現代に生きていると、みんなレベルの差はあれマネージメント原理主義の部分がある。(中略)今、巷でたくさんドラッグの問題があるじゃないですか。芸能人のコカインくらい別にいいじゃないかという人もいるけれど、その裏でメキシコでとんでもない麻薬戦争が起きている。そうして人が死んだ結果、パッケージに入ったドラッグが日本にも届いているんだってことは伝えないといけないと思いました。

出典:話題の『テスカトリポカ』。古代アステカの人身供犠と現代社会のダークサイドが浮彫にした人間の本質とは? 佐藤究インタビュー | 作家の書き出し – 文藝春秋BOOKS

個人的には、非常に楽しめた(そこで描かれる暴力や犯罪に身震いする、嫌な気持ちになる、という経験も含めて)。

レビューを見ると「展開が遅い」「後半に行くにつれて尻すぼみ」などというコメントもあったが、一人ひとりの人物の歴史がじっくりと語られてドラマが展開していくのは厚みが感じられてよかったし、前半がしっかりしているからこその後半のシンプルな終焉が成立していた気がする。これは先日読んだ『三体』でも同じ事を感じたかもしれない。『三体』は長すぎて、いつのまにか登場人物が物語のなかからフェードアウトしていることがありましたが(笑)、『テスカトリポカ』は、それぞれのキャラクターを忘れないまま進行したくれた気がします。

仕事柄面白い、怖いなと思ったのは、ブラッドキャピタリズム(血の資本主義)にもとづいて実行される心臓密売“ビジネス”のビジネスモデルをデザインする視点の冷徹さ。

ネタバレになるので詳細は省きますが、日記を活用して密売された心臓の価値を最大化するための企みが、誰かの幸福の人間的な価値を一切考慮せず、いかに完璧に金銭的価値を最大化するか、という思考回路が恐ろしかった。先の著者インタビューにもありますが「現代に生きていると、みんなレベルの差はあれマネージメント原理主義の部分がある」。ビジネスのデザインに関わる人間は、意識的に人間の本質的な尊厳についても意識しないといけないな、と感じました。

少し気になった点としては、さまざまな異能の人々が登場するが、メインキャラクターの一人であるコシモの身体能力の高さが、鶏肉の大量摂取だけで説明されている感が少し気になってしまいました。リモートワークの日々を過ごしていると、肉体的な強さは積極的に活動したりトレーニングしないと手に入らないものなのだな、と実感しているからかもしれません。

Photo by Mathew MacQuarrie on Unsplash

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